高校時代の友人四人と、七十二歳の今も同じ山を見上げて

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高校時代から続く四人の山歩き

この写真を見比べると、時間というものの不思議さをしみじみ感じる。左の一枚は高校時代、右の一枚は七十二歳になった今の私たち四人だ。顔つきも体型も、服装も道具もずいぶん変わった。それでも、山の中で肩を並べて立っているという事実だけは、半世紀以上たった今も何一つ変わっていない。

高校生だった私たちは、決して登山の知識が豊富だったわけではない。ただ自然の中に身を置くことが楽しく、汗を流して登った先に広がる景色に強く惹かれていた。教科書や黒板では得られない何かを、山が教えてくれるような気がしていたのだ。

初めて共有した達成感

最初に四人で本格的に山へ入った日のことは、今でもはっきり覚えている。登り始めは冗談を言い合っていたが、次第に口数が減り、足元に集中する時間が増えていった。息が切れ、脚が重くなり、それでも前に進む。その繰り返しの先に、初めて味わう大きな達成感が待っていた。

山頂で見た景色は、特別に有名なものではなかった。それでも「自分たちの足でここまで来た」という事実が、何よりも誇らしかった。その瞬間に感じた一体感が、私たちを強く結びつけたのだと思う。

縦走で学んだ仲間との距離

高校二年の夏、少し背伸びをした縦走に挑戦した。計画通りに進まない場面も多く、天候や体力に振り回されることもあった。そんな中で、誰か一人でも無理をすれば全体が崩れるという現実を、身をもって知った。

歩く速さを合わせ、休憩のタイミングを相談し、互いの表情を気にかける。自然と身についたそうした行動は、山での安全だけでなく、人との付き合い方そのものを教えてくれたように思う。

社会に出てからも続いた縁

卒業後、私たちはそれぞれ異なる人生を歩み始めた。仕事に追われ、家庭を持ち、責任が増えていく中で、若い頃のように自由な時間はなくなった。それでも、年に一度か二度は必ず連絡を取り合い、短い山行を計画した。

久しぶりに会っても、不思議と気まずさはなかった。山道を歩き始めれば、会話は自然と弾み、近況報告も無理なくできた。山という共通の場所が、私たちの距離を常に適切な位置に保ってくれていたのだと思う。

装備と価値観の変化

年月とともに、登山道具は大きく進化した。軽量なザック、防水性の高いウェア、歩きやすい靴。若い頃には想像できなかった快適さが、今の山歩きにはある。一方で、便利さに頼りすぎない意識も、四人の間で自然と共有されている。

道具が進化しても、山に向き合う姿勢は変わらない。自然を甘く見ないこと、無理をしないこと、その日の状況を受け入れること。年齢を重ねるほどに、そうした基本の大切さを実感するようになった。

六十代で見えた新しい景色

六十代に入ると、体力の衰えを否応なく感じるようになった。以前なら問題なかった距離が長く感じられ、下山後の疲労も残りやすくなった。しかし、それは決して否定的な変化ではなかった。

歩く速度が落ちた分、周囲の景色に目が向くようになった。足元の草花、木々の匂い、風の音。若い頃には通り過ぎていたものが、今では山歩きの大きな楽しみになっている。

七十二歳の現在地

右の写真は、七十二歳になった今の私たちを写したものだ。険しい岩場や急登は避け、無理のないコースを選んでいる。それでも、山頂や展望の良い場所に立った時の喜びは、昔と少しも変わらない。

誰かが体調を崩せば、迷わず計画を変更する。全員が安全に楽しめることを最優先にする姿勢は、長く一緒に歩いてきたからこそ自然に身についたものだ。

山が育てた友情

半世紀以上にわたって続いた関係は、決して派手なものではない。頻繁に連絡を取り合うわけでもなく、特別な約束を交わしているわけでもない。ただ「また山へ行こう」という一言が、私たちをつなぎ続けてきた。

山では年齢も肩書きも関係ない。必要なのは、自分の足で歩く意志と、仲間を思いやる気持ちだけだ。そのシンプルさが、私たちの友情を長く保ってくれたのだと思う。

雨の日の判断が教えてくれたこと

ある年、天候が不安定な日に山へ入ったことがある。若い頃なら強行していたかもしれないが、その日は全員一致で引き返す判断をした。悔しさはあったが、下山後に聞いた天候悪化の情報で、その選択が正しかったと分かった。

引き返す勇気も登山の一部だと、改めて実感した出来事だった。年齢を重ねたからこそ、自然に対して謙虚になれたのかもしれない。

山でしか話さないこと

山を歩いていると、普段は口にしない話題が自然と出てくる。仕事の悩み、将来への不安、若い頃の後悔。誰かが話し始めると、他の三人はただ静かに耳を傾ける。

山という非日常の空間が、心を開かせてくれるのだろう。そうした時間が、私たちの関係をより深いものにしてくれた。

同世代への静かなメッセージ

七十二歳になった今も山を歩いていると言うと、驚かれることがある。しかし、特別なことをしているつもりはない。距離を短くし、休憩を増やし、無理をしない。それだけで、山は今も楽しめる。

高校時代の友人四人と、今も同じ空を見上げている。この事実が、誰かの背中をそっと押すことができたなら、これ以上うれしいことはない。

山から帰る道の楽しみ

登山そのものだけでなく、帰り道も私たちにとって大切な時間だ。車中で交わす他愛のない会話や、食事をしながら振り返る一日の出来事。その一つ一つが、山行を静かに締めくくってくれる。

こうして振り返ると、山は常に私たちの人生のそばにあった。これからも主張しすぎることなく、変わらぬ存在として寄り添ってくれるだろう。

高校時代に始まった山歩きは、七十二歳になった今も続いている。無理をせず、一歩一歩を大切にしながら、これからも四人で同じ景色を重ねていきたい。

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