※本記事にはプロモーションが含まれています。
ヨーロッパアルプスへ向かった新婚旅行のはじまり
私たち夫婦の新婚旅行は、一般的な観光旅行とは少し趣が異なっていた。ヨーロッパアルプス三大登山基地――シャモニー、グリンデルワルト、ツェルマットを巡り、それぞれを拠点に憧れの名峰に挑戦するという、登山好きの私たちらしい旅である。結婚前から、いつか二人でアルプスの山々を歩き、そこでしか味わえない空気に触れたいと話していた。幸運なことに長期休暇を確保でき、思い切って大きな挑戦を新婚旅行に組み込むことにしたのだ。
旅程は、かつてヨーロッパ登山ツアーとして人気があった日本の登山旅行社が組んだもので、現地ガイドによるサポートもあり安心感があった。山旅は計画性が命である。高度順応の期間を含め、ムリなく挑戦できるよう緻密に組まれたスケジュールを手に、私たちは成田から長い空の旅へ出発した。
シャモニーで迎えた最初の高山体験とモンブラン挑戦
最初に拠点としたのはフランスのシャモニー。アルプス登山の名門ともいえる街で、世界中からクライマーが集う活気に満ちた場所だ。標高の高い山々にぐるりと囲まれ、街から見上げるモンブランの存在感は圧倒的で、到着直後から胸が高鳴った。
私たちの最初の大きな挑戦は、ヨーロッパ最高峰モンブラン。とはいえ、いきなり山頂を目指すのではなく、まずは高度順応と初期トレーニングのために周辺の雪山を歩き、装備の確認を兼ねた行動を積み重ねた。山小屋の利用方法、ガイドのロープワークの指示、急斜面のアイゼンワークなど、すべてが新鮮で、夫婦で学び合いながら山に入っていく感覚は忘れられない。
いよいよモンブランに挑む日。グーテ小屋を経て登高していったが、深夜からのアタック中、妻の体調が急激に悪化した。高山病の初期症状で、これ以上登ることは危険だと判断したガイドから「ここで引き返すべき」と伝えられ、私たちは断念を決めた。悔しさはあったが、夫婦での登山は安全と信頼が最優先である。夜明け前の静寂の中、ヘッドランプの光を頼りにゆっくり引き返しながら、いつかまた挑戦できる日が来るかもしれないと話した。


イタリア側へ移動し、モンテローザで掴んだ達成感
モンブランは敗退となったが、気持ちを切り替えて次の目的地、スイスとイタリアの国境地帯にそびえるモンテローザ山群へ向かった。ツェルマットに入る前、まずはイタリア側に滞在し、このエリア独自の陽気な雰囲気のなかで英気を養った。

モンテローザは複数の峰が連なる巨大な山系で、私たちが目指したのは標高4634mのプンタ・グノール(ピラミド・ヴィンセンツ)。ガイドとともに早朝の冷たい空気の中を出発し、氷河を横断しながらゆっくりと高度を上げていった。モンブランで体調不良だった妻も、このときは順応が進んでおり、落ち着いた表情で歩を進めていた。

山頂へ近づくほど風は強まり、足元の雪稜は鋭く細くなっていった。ロープで繋がれた三人の足取りは慎重そのものだったが、振り返ると果てしなく広がる雪原と、雲海の向こうに浮かぶ無数の峰々が見え、その美しさに胸を打たれた。山頂の十字架が現れたときの感動は、言葉にしがたい。夫婦でしっかりと立ち、ガイドにカメラを渡して記念写真を撮ってもらったあの瞬間、モンブランでの悔しさが少し溶けていくような気がした。

ツェルマットで迎えたマッターホルン登頂の挑戦
次の拠点はスイスの名峰・マッターホルンを望むツェルマット。駅に降り立ち、街を歩くだけで胸が高鳴った。あの独特のピラミッド型の山容は、他のどの山にも似ていない。天候に恵まれれば登頂できる可能性が高まると聞いていたが、このときは幸いにも安定した晴天が続いていた。


マッターホルンはその形状から想像できるように、技術的な難度が高い山だ。私はガイドをつけて登頂に挑むことにしたが、妻は安全を考え、山麓でのハイキングを選択した。夫婦別行動とはいえ、二人が望む形で旅を楽しむことも大切だと考えていた。
ガイドとのロープを結び、暗い早朝からヘルンリ小屋を経て登っていく。岩場と雪稜が交互に現れるルートは集中力が必要で、気を抜くと足元をすくわれそうだった。しかしガイドの確かなルート取りとペース配分に支えられ、徐々に標高を稼いでいく。やがて朝日が差し込み、山全体が黄金色に輝く瞬間が訪れた。あの光景は一生忘れられない。



山頂に立ったとき、達成感と同時に不思議な静けさに包まれた。世界中のクライマーが憧れる頂に自分が立っているという実感が、数秒遅れで胸に押し寄せてきた。無線で妻にも無事を伝え、その夜は合流してたくさんの写真と共に登頂の余韻を語り合った。

グリンデルワルトでのメンヒ登頂と穏やかなハイキング
旅の後半はグリンデルワルトを拠点に、再び夫婦でガイドをつけてメンヒに挑戦した。ユングフラウ三山の中でも比較的登りやすいと言われているが、それでも雪と氷の世界は決して甘くない。アレッチ氷河の上を歩く時間は、まるで地球の別世界にいるかのようだった。



山頂までは慎重に歩を進めたが、天候に恵まれ、風も穏やかで、美しい稜線歩きを心から堪能できた。モンブランでは悔しい思いをした妻も、このときの表情は晴れやかで、山頂で見せた笑顔は今も写真の中で輝いている。
登山以外の日には、グリンデルワルト周辺の牧草地帯を散策し、牛の鈴の音が響く穏やかなハイキングを楽しんだ。険しい雪山とは対照的な温かさを持った風景で、夫婦で歩く時間の大切さを再認識するひとときだった。


夫婦で歩いたアルプスの山々が残してくれたもの
こうして振り返ると、新婚旅行としては少しハードな旅だったかもしれない。しかし、夫婦で支え合いながら山を登り、時には挑戦を諦める判断をし、その後また力を合わせて次の山へ向かった経験は、私たちにとってかけがえのない財産となった。
山には、登頂できる日もあればできない日もある。けれども大切なのは、同じ方向を見て歩き続けることなのだと、この旅が教えてくれた。アルプスの山々で感じた風の冷たさ、雪のまぶしさ、ガイドの確かな手引き、そして妻と共有した数々の風景は、今も人生の節目節目で思い返される。
もしまたいつか二人でアルプスを歩ける日が来たなら、モンブランの続きを一緒に挑戦したい。あのとき雪の斜面で見た星空は、今も私たちをどこかで呼んでいるような気がする。
